2009年03月04日

いつか答えがわかるときまで

※自分の仕事が物書きだと言うことが恥ずかしくなるくらい、まとまりも何もない文章ですがご勘弁を。



マロンのことを考えないのは無理なんですが、それでも一月近く経てば少しずつではあるものの落ち着きもします。もっとも、ウサギ部屋だけはどうしても片付ける気になれず一月前から時間が止まったままですが……

マロンはもともと保護ウサギで、里子として僕のところに来たのですが、一月近く、

(マロンは幸せだったのかな……?)

と考え続けてます。

保護される前のマロンがいた環境は、ウサ飼いさんでなくても異常としか言えない状態でした。

炎天下の中、外に放置されていた掃除もされていない鳥かごにもう一匹の子(※)と押し込められて、殆ど身動きもできない状態。水もなく、与えられていたのは芽が出たジャガイモだけ。
オス同士ではケンカが当たり前なのに、ロクに身動きもできないサイズの鳥かごの中では無理だったのかもしれませんが、そもそもケンカするような元気もなかったように思えます。
トイレなんてもちろんないから、保護された直後は毛も汚れきっていて酷い状態だったそうです。病気にはなっておらず痩せていただけだというのは、本当に幸運だったとしか言いようがないと思います。

※マロンがウチに来てから程なくして、その子も別の里親さんに迎えていただけたそうです。

いくら個体差があるとは言え、トイレの概念もない、そもそも動くスペースもロクににない環境だったのだから、完璧にトイレを覚えるまで年単位で時間がかかったのも無理はないでしょう(事実、保護宅にいたときもトイレは使えなかったそうです)。

あんな環境でマロンが人間に慣れたとは思えません。保護されるまでマロンにとって人間は恐怖の対象でしかなかったでしょうし、そうでなかったとしても、自分に対して行為を向けてくれる存在ではなかったはず。

(この子をウチの子に受け入れよう)

そう決めたところで、慣れてくれる保証もなければ、当然その自信もあるわけなくて……
正直、不安の方が大きかったのは事実です。

そんないきさつがあるだけに、どうしてもマロンに関しては幸せだったかどうか考えてしまいます。

引っ越しの際、十分に遊べる専用の部屋を作ったのも、狭い空間に押し込めるのが嫌だったから。放し飼い状態にしたのも同じ理由で、トイレは、そのために覚えてもらったようなものです。

確かに、ケージだけ見ても広くなった上、実際には家の中も好きに動き回って遊んでいても大丈夫。ご飯も水も毎日切らさなかった。

撫でるのも抱っこするのも慣れてくれたし、腕の中で寝てくれることもあったし……

それでも、

(まだ何かできたんじゃないか?)

という感覚が消えません。

マロンに返事をもらうことはできないとわかっているし、そもそも返事が欲しいわけでもないんですが……

決して順風満帆な一生ではなかっただろうし、僕には想像できない扱いだったからこそ、その分を埋めてあげられたかどうか。忘れさせてあげることができたか疑問です。


気持ちと頭の整理をするのにも時間はかかります。だったら、もう一つくらい考えることが増えても同じこと。きちんと自分の中で整理が付くまで考えることにします。

マロン、幸せだったのかな……?

ニックネーム ゲーム屋さん at 03:02| Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
マロンさんに「良かったね」と言ったら
「まあね♪」と答えてくれそうな気がします。
私はゲーム屋さんのブログを通してマロンさんを見ていただけですけど、最近のマロンさんはゲーム屋さんに心を許していたと確信してますよ。
最後の時を、ゲーム屋さんの腕の中で過ごすことを選んでくれたんですから。。
ゲーム屋さんが嬉しいと感じた一つ一つの事に、マロンさんもきっと幸せを感じてくれてたと思います。

Posted by ram at 2009年03月04日 08:32
まだ何かできたんじゃないか…。
私もずっと思ってます。。
これだけはずっと変わらない感覚なんじゃないかと思うんです。。。
マロンくん、酷い環境にいたことよりも、ゲーム屋さんにお迎えしてもらって幸せな生活が一緒に送れたことを、今思い出していると思いますよ☆
でもやっぱり…我が子に会いたいですね。。
Posted by みう at 2009年03月05日 16:22
マロンさんは、ゲーム屋さんとの生活が楽しかったと思います。

だからこそ、マロンさんなりに、ゲーム屋さんとの一次的なお別れをしたんだと思います。ramさんもコメントで書かれているように、最後の時を腕の中で過ごす事を選んでくれたんだと、私も思います。
そして、本当に楽しかったと思いますよ。ゲーム屋さんが楽しかったように。。。。。
そして、自分が傍に居れなくなった事を悲しんでくれる人がいる。それって、凄い事。
虹の橋の麓で、三兄弟は落ち合って、楽しんでいることでしょう。

気を落とさないでと言っても無理なのも、凄くわかります。けど、体にだけは、気をつけてくださいね。
Posted by ゆいな at 2009年03月09日 11:39
私もプーを失った時に、自分に「本当にプーは幸せだったのか」と自問自答を繰り返していました。
プーが亡くなる寸前に私の腕の中で「行って来ます」と言って旅立った意味がどうしても理解できずに、廃人同様な位まで、自分を責め続けました。
長い人生の中で、これほど他の生き物と、正面から付き合った事が無かったのもあるのですが、失った時の喪失感は、理解しているつもりだったのに想像を遥かに超えた感情の波が押し寄せて、このまま押しつぶされるかもしれないと、本気で考えてました。

コメントを頂く、うさ友さんに「愚痴と後悔の念」を書き続ける事で、どうにか平静を保てたと今では思っています。
私の後悔の念の一番は、部屋うさぎとして飼っている以上仕方ないのですが、「もっと外の色々な物を見せてあげたかつた」です。
やっとだっこ出来る様になって、これからだと思っていた事も大きかったのですが。

もう2度、うさぎは飼わないと決めていました。あんな思いは2度としたくないと。
そう心に決めても、プーが最後に行った「言って来ます」の言葉が気になってしかたない。
かと言って、うさぎさんを飼う気にもなれない。
そんな時に、たまたま里親募集の記事を目にして、「この里親さんに私を見てもらおう。私がうさぎ飼いとして適切かどうかを判断してもらおう」もし、譲っても良いと言ってもらったら、もう一度、うさぎさんと正面から付き合って見て、プーが最後に言った「行って来ます」の意味が分かる様になろうと。

結果的には、私は本気でプーは帰って来てくれたと思ってます。
まめを通して、プーを感じる事が出来ます。まめも私の後悔の念を精一杯受け止めて、答えてくれていると思ってます。

最後にマロンちゃんは「幸せだった」断言します。
辛い環境の中から、救い出してくれたゲーム屋さんの事を大好きだったはずです。
いつか、マロンちゃんも帰って来てくれると思います。形はうさぎさんじゃ無いかもしれないけど、絶対帰って来てくれると思います。
Posted by 博多のおじさん at 2009年03月12日 10:17
>ramさん
「まあね♪」って、そう言ってくれてるなら、何よりです。
最近、親バカながら、
(最後に僕のところに来てくれたのはマロンなりの意思表示だったのかな)
と思えるようになりました。
言葉は通じないけど、その分を行動で伝えてくれたのなら嬉しいです。



>みうさん
そうですね。正直、ずっと消えないものだとは思いますし、空っぽになったウサギ部屋に掃除機をかけるときは無意識にケージのあった位置を眺めてしまいます。
変わり者の僕と一緒に暮らしていただけあって、僕の膝でゲームを眺めていた変わった子でしたけど、他のウサギさんには珍しい思い出として月で話せているならそれで良いです。



>ゆいなさん
キュアの時も虹の橋の話を書いてくださった方がいて、やはり同じように救われた思いがしました。兄弟そろって一緒にいさせてあげることはできなかったし、先に行って待っていたであろうキュアとニアはお互いを知らないので、マロンが一緒なら初めて兄弟同士でいられるのかもしれませんね。
僕の心配まで、ありがとうございます。とりあえず、日常生活を送れるくらいには元気です。



>博多のおじさん様
最初から、自問自答しても、誰も答えてはくれないとわかっていたんです。答えがほしかったわけでもなくて、そうするしか気持ちを保つ方法がなかっただけで……
僕には、プーくんのようにマロンが最後に何か言ってくれたのか、正直わかりません。だけど、あと少しで命が消える身体で僕のところまで来てくれたのが、彼なりの何かだったのかと思うようにしています。自己満足だと言われれば否定はできないし、何の根拠もないんですけど。
正直なところ、もう一度ウサギとの生活を送る気にはなれません。少なくとも今のところは。
二度とあんな思いは、という気持ちは確かに僕にもあるんですけど、それ以上に今の生活では留守番をさせることが多くなってしまうので。独り身でフリーランスの僕にとって、永遠のジレンマかもしれませんね。
Posted by ゲーム屋さん at 2009年04月16日 00:25